水しぶきの描き方は鉛筆で磨く|質感と飛沫の距離を見極める基準が分かる

イラストの知識

水しぶきは「粒」「霧」「筋」「泡」「反射」が同時に動く複合体です。けれども鉛筆だけでも、観察の順番とストロークの設計を整えれば、飛沫の軽さも重量感も描けます。
本稿では、まず形と明暗の分解から入り、道具と紙の相性、粒子の作り方、水面や泡との連携、構図と遠近、仕上げと練習法まで一気通貫でまとめます。独学でも迷いにくいよう、各所にチェックと基準値を添えました。今日の一枚にすぐ役立ち、明日の一枚の再現性も高めることを目指します。

  • 粒と霧を分けてから合流させる運筆で描く
  • 白を塗らずに残す設計で抜けの軽さを出す
  • 黒の置き所を狭く深くして締まりを作る
  • 紙の目を味方にして粒のざわめきを演出
  • 10分ドリルで距離感と密度を安定させる

水しぶきを鉛筆で描く基礎と観察

最初のハードルは「水に輪郭がないのに、どう線を引くのか」という疑問です。答えは、輪郭から入らず明暗ブロックから入ることです。つまり、粒や霧を含む群れを大きな影の塊にまとめ、そこから白を残しつつ解体します。
あわせて、光源の方向、視点の高さ、背景の明るさの三点を冒頭で固定します。これだけで迷いの半分は解消します。

形の捉え方は塊→房→粒→霧の順で下る

動いている水は、写真でも実見でも細部が暴れます。そこで最初は「塊(群れ)」の形を、豆や三角のような抽象形に押さえます。次に、塊の内部を「房」に割り、房ごとに流れる方向ベクトルを一本決めます。
その後、房の縁から粒を散らし、最後に房と房の隙間へ霧(微粒のベール)を足します。輪郭線で囲わず、明暗の差で房の境界を立てるのがコツです。

明暗は三値(明・中・暗)で始め五値に展開する

最初から細かなグラデーションを狙うと、白を確保できず濁ります。開始10分は三値だけで面積配分を決めます。明=紙の白、中=HBの薄塗り、暗=2Bの平塗り程度で十分です。
配置が固まってから、明の中にハイライト、暗の中に最暗(4B)を追加して五値に広げます。五値になった時点で既に「水っぽさ」が現れます。

エッジの硬さを場所で切り替える

粒の先端や飛び跳ねの衝突点は硬いエッジ、霧や遠景は柔らかいエッジにします。硬さは線種ではなく「濃淡の切り替え幅」で決まります。2mm以内で濃淡が反転すれば硬く、5mm以上でなだらかなら柔らかいと覚えると迷いません。
綿棒や指での擦りは最小限にし、ねり消しでトーンを掬い上げる操作を軸にすると清潔さが保てます。

背景と被写界深度の擬似

前景の飛沫を強く見せるには、背景を一段だけ沈めます。背景が明るい場合はHBで均一にベールをかけ、前景の粒が紙の白で立ち上がる余地を作ります。
遠近を出すときは、粒の直径を距離で変えるだけでなく、粒の「群れの密度」を距離で薄めます。密度が下がるほど霧の比率を増やすと、空気遠近の効果が得られます。

参照写真の選び方は光とシャッターに注目

シャッターが早い写真は粒が止まり、遅い写真は筋が目立ちます。鉛筆での再現性は前者が高いです。光は一方向で、色の濁りが少ない曇天かサイド光が扱いやすいでしょう。
反射の白飛びが多すぎる画像は、紙の白が足りなくなりがちです。白面積の占有率が15%以内の資料を選ぶと、設計が楽になります。

注意 透明体の強烈な白は、塗るのではなく「残す」ことでのみ成立します。白色鉛筆や修正液に頼る前提で設計すると、黒の深みが負けます。

手順ステップ
① 光源・視点・背景明度を決める ② 三値で塊をブロック化 ③ 房ごとにベクトルを引く ④ 粒を白で残す ⑤ 霧を中間で繋ぐ ⑥ 最暗を一点に据えて締める。

ミニFAQ
Q. 水っぽさが出ません。A. 三値の面積配分を見直し、白の連結を途切れさせないでください。
Q. 擦ると濁ります。A. ねり消しで明部を掬い、指の擦りはハイライト周辺に近づけない運用が無難です。

塊→房→粒→霧の順で下り、三値から五値へ。白は残し、最暗は一点で締める。これが鉛筆で水しぶきを成立させる骨格です。

鉛筆と紙の選び方とストローク設計

道具の吟味は絵の性格を決めます。鉛筆は硬度で役割を分担し、紙は目の荒さで粒子のざわめき具合が変わります。HB〜2Bを基準に、2Hで設計線、4Bで締めの最暗を担当させると運用が安定します。紙は中目〜細目が扱いやすく、A4以上のサイズはストロークに伸びが出ます。
ストロークは「置く・払う・点で打つ」の三語で管理し、混ぜすぎないのがコツです。

鉛筆の硬度を役割で固定する

2H=設計、HB=中間ベール、2B=房の輪郭の明暗、4B=最暗と黒の芯。硬度を場面で使い分けるのではなく、役割で固定すると迷いが激減します。
粒の点描は0.3〜0.5mmのシャープ芯が精密で、霧のベールは木軸HBの腹で軽く擦ると綺麗です。芯を寝かせて「面」で置き、締めでは立てて「線」で刺します。

紙の目とサイズの選択

細目(ブリストル・ケント)は滑らかなグラデーションが利き、霧や反射が清潔に出ます。中目(画用紙・ドローイング)は粒のざわめきが自然に乗ります。荒目は粒が粗暴になりやすく、コントロールが難しければ避けます。
サイズはA4以上だと粒の大小差を付けやすく、遠近が生きます。小さすぎる紙は白の連結が断ち切られやすいので注意です。

ストローク辞典を作り置く

ハッチング(平行線)、クロスハッチ、円運筆、スタッカート点描、フリック(払う)。5cm角のマスにそれぞれのストロークで「濃度3段」を作って保存します。
本番では辞典から転用する感覚で置き、混在は最小限に。混ぜるのは房の境界など「意味が変わる場所」だけに絞ります。

ミニ用語集
ネガティブスペース…塗らずに残す白。
リフティング…ねり消しで明部を掬い上げる操作。
腹塗り…芯を寝かせて面で置く塗り。
フリック…手首で払う短い加速線。
芯の角…芯先の稜線。粒の点描で効く。

比較ブロック
細目紙=霧が綺麗だが粒が滑る/中目紙=粒が立つがグラデが粗くなる。
木軸=面のコントロールが得意/シャープ=点と線が均一で精密。

ミニチェックリスト
□ 2H/HB/2B/4Bの役割が固定 □ 紙の目は目的に合致 □ ストローク辞典を事前作成 □ 腹と先の切替ができる。

硬度は役割で固定し、紙の目は粒か霧かで選ぶ。辞典づくりで再現性が上がり、現場での判断が速くなります。

飛沫の粒子をつくる鉛筆テクニック

粒の説得力は“ランダムの規律”に宿ります。完全な偶然に委ねるのでなく、濃度と間隔と大きさの三要素を制御してランダムに見せます。鉛筆のみでも、白を残す設計と消しゴムの使い方で細かな粒を十分に表現できます。
ここでは「抜く」「置く」「流す」の三操作で粒を組み上げる手順を紹介します。

消しゴムで抜くスパッタを作る

ねり消しを円錐状に整え、先端で紙をトンと突いて白点を抜きます。先端が広がったら捻って新しい角を出しましょう。プラスチック消しゴムは角をカッターで軽く落とし、紙を傷つけないようにします。
HBで薄く中間ベールを敷いてから抜くと、同じ白でも強度の段差が付き、粒が空間に散った感じが生まれます。

鉛筆だけで粒を「置く」

シャープ芯を立て、呼吸に合わせてスタッカートに点を打ちます。濃さはHB〜2B。粒の大小は筆圧ではなく、点の滞在時間と芯の角度で付けると統一感が出ます。
白紙面を粒の周囲に必ず残し、粒同士をつなげないこと。つなぐ必要がある場合は、細く薄い線で「空気の糸」を作り、霧との橋渡しに使います。

動きと速度の表現

粒の群れには「方向」「加速」「減速」の三段があると説得力が増します。先端に最暗の芯を一粒置き、後続は間隔を詰めて密度で加速を示し、末尾に霧で減速を示します。
フリックを一部に混ぜ、粒の尾を短く添えると速度感が上がります。ただし長い尾の多用は筋に見えるので配分は少なめに。

  1. HBで背景のベールを敷く
  2. 2Bで房の暗部を決める
  3. ねり消しの角で白点を抜く
  4. シャープで点を追加入れ替える
  5. フリックで短い尾を数本だけ添える
  6. 霧をHBの腹塗りで繋ぐ
  7. 4Bで最暗を一点だけ刺す
  8. 白の連結を確認して仕上げる

よくある失敗と回避策
・粒が同じ大きさになる→滞在時間を揺らし、芯の角をこまめに回す。
・白が濁る→抜く前に必ず中間ベールを敷き、白の“階層”を作る。
・点が並ぶ→呼吸に合わせず均等打ちになっている。メトロノーム的に打たず、間を崩す。

ミニ統計
・粒の白点は1cm四方に5〜20個が扱いやすい密度。
・白の占有率が10〜15%だと飛沫らしさが出やすい。
・最暗は画面全体の1〜2%で十分締まる事例が多い。

抜く→置く→流すの三操作で粒を組み、密度と間隔で速度を語る。白は階層化し、最暗は節約して効かせます。

水面・泡・光を合わせて質感を立ち上げる

水しぶき単体だけでは「どこで起きているか」が曖昧になりがちです。水面と泡、反射光を接続して、場所と時間の手触りを補強します。反射は水平の帯で、透過は垂直の深みで語ると整理が早いです。
泡は楕円の重なりと半透明のベールで群れを作り、しぶきとの親子関係を視線で示します。

反射と透過の描き分け

反射は水面の角度で強弱が決まります。水平線が近いなら、白い帯を細く長く、近景なら帯を太く短く。透過は垂直方向に濃度の階段を作り、深いほど暗くします。
反射と透過が交差する場所には、白の細いスリットを一本残し、透明感の“逃げ道”を用意します。

泡の群集を設計する

泡は輪郭で囲むと重くなるため、白の楕円を残して外側のトーンで持ち上げます。重なりは「奥の泡=暗く小さく、手前=明るく大きく」を徹底し、個々の影は最小限に。
泡の群れとしぶきの房が触れる場所に、微細な白点をまぶして遷移を滑らかにすると自然です。

逆光で白を活かす配置

逆光は鉛筆の得意分野です。黒の帯の縁に紙白のリムライトを残すだけで輝度差が立ちます。ハイライトの直下には必ず「受けの暗」を置き、白の強度を支える台を作ります。
画面の四隅は暗く落としがちですが、片隅だけを明るく残すと空間の抜けが生まれます。

要素 明るさ エッジ 頻度 コツ
白抜き+最暗の隣接
HB腹で薄く重ねる
輪郭で囲まず外側を沈める
水面 水平帯で反射を整理
飛沫筋 フリックは数本に限定
白の直下に置き支える

コラム 写真の世界では高速シャッターで水を止め、長秒で筋を見せます。鉛筆では両者を混在させられるのが強みです。粒の停止と筋の流れを一枚に同居させ、時間の幅を描き込みましょう。

ベンチマーク早見
・反射帯の幅=画面短辺の1/30〜1/15。
・白の占有率=10〜15%。
・最暗の面積=1〜2%。
・霧のレイヤー=2〜3段。

反射は水平、透過は垂直で整理。泡は外側で持ち上げ、白のリムを最暗で支える。水面をつなげば「どこで起きたか」が伝わります。

構図と遠近で水しぶきを生かす

どれほど緻密に描いても、構図が弱いと飛沫は散漫に見えます。焦点の位置、余白の置き方、黒の据え方を最初に決め、視線の道を設計しましょう。S字の流れ三分割など、シンプルな基軸だけでも十分効果があります。
遠近は粒径の差と密度勾配で語り、背景の明度で更に段差を付けます。

焦点と余白の設計

焦点は一箇所に限定します。そこに白と最暗を隣接させ、エッジを最も硬く。焦点の周りには余白の帯を確保し、情報量の密度を落とします。
余白は“描かない”のではなく“描くための空気”。焦点周辺で少しだけ紙目を残すと、呼吸する抜けが生まれます。

S字の視線誘導

塊や房をS字に並べると、視線が自然に蛇行して奥へ進みます。Sの始点と終点に暗い杭を打つと、多方向の線が入っても視線が逸れません。
S字が強すぎると作為が見えるので、途中に一度だけ直線の反発を混ぜると自然です。

黒の置き所で締まりを作る

最暗は焦点の内側か直下に限定します。外周や四隅に大きな最暗を置くと視線が逃げるので避けます。
黒の面積を節約し、線や点で刺すと画面の澄みが保たれます。黒の側に必ず薄い中間を挟み、白と黒が直接ぶつからないようにすると上品です。

  • 焦点は一箇所に限定して白と最暗を隣接
  • S字の蛇行で視線を導き、直線で緊張を足す
  • 黒は焦点の内側に集約し面積を節約する
  • 余白は空気の帯として焦点周辺に確保
  • 背景の明度で遠近の段差を補助する
  • 粒径と密度で距離を語り霧でつなぐ
  • 紙目を残す場所と潰す場所を役割分担
  • 構図線は薄く跡が残らない筆圧で引く

ケース:波打ち際の飛沫。焦点を砕けの頂点に置き、手前の黒い岩で白を受ける台を作る。背景はHBで薄く沈め、S字で群れを奥へ送る。

手順ステップ
① 三分割で焦点の座標を決める ② S字に塊を配置 ③ 焦点直下に最暗を置く ④ 余白の帯を確保 ⑤ 背景にベールを敷く ⑥ 粒径と密度で距離を微調整。

焦点・S字・黒の三点セットで視線の道を作る。余白は空気、黒は杭。遠近は粒径と密度で静かに語ります。

仕上げと再現性のための練習法

仕上げの段階では、情報を増やすより減らす勇気が要ります。最後に加えるのは最暗と白の微調整だけ。残りは「均し」「間引き」。一方で日々の練習は短く小さく回し、距離感と密度を身体化します。
評価の物差しを最初に用意し、完成判断を外部化すると迷いが減ります。

10分ドリルで距離と密度を身体化

5cm角に「粒10%」「粒15%」「粒20%」の三種を時間制限で作ります。次に、S字の曲線上に粒を並べ、密度を先端に寄せる課題を行います。
ねり消しの抜きだけで粒を作る課題、HBの腹だけで霧を作る課題など、素材ごとのドリルをローテーションすると上達が安定します。

評価の物差しを作る

① 白の連結は保たれているか ② 最暗は一点に集約されているか ③ 粒径と密度の勾配は距離と一致するか ④ 反射と透過の交差に逃げ道の白があるか。
この4点をチェックすれば、完成の見極めがぶれません。できればスマホでグレースケール化して確認すると客観性が上がります。

保存と撮影のコツ

完成後はスプレー類に頼らず、薄いトレーシングペーパーで覆って保管します。撮影は自然光の拡散光下で、紙の白が黄ばまない色温度で。
コントラストは編集で上げすぎず、原画の白階層が潰れない範囲に留めます。

ミニFAQ
Q. 仕上げで迷います。A. 追加より間引きを優先。白の連結と最暗の位置を再確認してください。
Q. 時間が足りません。A. 10分ドリルを一日一つ。密度の定規が鍛えられ、完成判断が速くなります。

比較ブロック
資料あり練習=再現性が上がるが依存しやすい/資料なし練習=観察の抽象度が上がるが暴走しやすい。両者を交互に。

注意 仕上げの擦りは“最後の一回”が命取りです。白の際に触れる前に、スマホで一枚撮って客観視してから判断しましょう。

仕上げは削る勇気。評価の物差しで外部化し、短時間ドリルで距離と密度を身体化すれば、毎回の品質が安定します。

まとめ

水しぶきの描き方は、観察を順序立てるほど易しくなります。塊→房→粒→霧で把握し、三値から五値へ拡張。白は残し、最暗は一点で支える。道具は役割で固定し、紙の目で粒か霧かを選ぶ。
粒は抜く・置く・流すの三操作で組み、反射と透過を帯で整理する。構図は焦点・S字・黒で視線を設計し、仕上げは間引きと微調整に徹する。
10分ドリルを回しながら評価の物差しで完成を見極めれば、鉛筆だけで清潔な水の軽さと勢いを安定して再現できます。次の一枚で、紙の白に風と飛沫の音を宿しましょう。