題材は風景・人物・静物のいずれにも対応し、初心者でも休日1〜2回のセッションで「完成体験」を得られる構成です。検索上位で語られる知識を実践の順番に並べ替え、再現性の高い油絵の描き方として提供します。
- 最小スターターセット(絵具12色・筆3本・溶き油・支持体)の具体例と買い足す順番
- 下地色の選び方と構図決定のコツ(焦点・エッジ・余白の設計図)
- 薄塗り→中間層→仕上げ層の段階設計と油分コントロール(fat over lean)
- 濁りを防ぐ混色・ブレンディング/スカンブリングの実践ルール
- 層ごとの乾燥目安・中間ニスと仕上げニスの使い分け・安全な片付け
- 7日間の練習メニューと「完成まで行く」ための時間配分テンプレ
学びは「一枚を仕上げる経験」から始まります。道具を増やすより工程を安定化すること、色彩理論よりもまず値(明暗)を正確に置くこと、そして作業後の片付けと安全をルーティン化すること。これらを手順化した本記事は、独学でも迷わず描ける段取りのよい油絵の描き方を指南します。
油絵の描き方の前に:必要な道具と画材
油絵の仕上がりは、手を動かす前の「選択」と「配置」で半分決まります。高価な一式より、狙いを言語化した最小装備で始め、経験に応じて拡張するのがもっとも効率的です。
ここでは、初心者が今日から迷わず揃えられる具体的なセットと、絵具・溶き油・筆・支持体の相性を、実際の手順に直結する観点で整理します。目的は単なる知識の羅列ではなく、完成体験までの段取りを整えることです。
油絵具の種類と特徴(学生用/アーティストグレード)
学生用は価格が手頃で扱いやすい一方、顔料濃度が低めで混色時に濁りやすい傾向があります。アーティストグレードは顔料が豊富で、少量で伸びと発色が良く、グレーズやスカンブリングの表情も出しやすい。主要色だけでも上位グレードを採用すると、学習効率と再現性が向上します。
- 基本12色:チタニウムホワイト/レモンイエロー/カドミウムイエロー/イエローオーカー/バーントシェンナ/バーントアンバー/カドミウムレッドライト/アリザリンクリムソン/ウルトラマリン/プルシャンブルー/ビリジアン/パーマネントグリーン
- 拡張候補:コバルトブルー/サップグリーン/パーマネントローズ(題材に応じて)
- 速乾の目安:アースカラーは乾きが早く、赤系・白は遅め
溶き油・溶剤の役割と選び方
溶き油は被膜を形成し艶と強度を与え、溶剤は粘度を下げて薄塗りを可能にします。基本原則は「後層ほど油分を増やす(fat over lean)」。序盤は無臭溶剤寄り、中盤でリンシードを足し、仕上げはスタンドオイルやポピーで平滑さを出します。匂いと換気計画も選択基準に含めます。
種類 | 主な効果 | 適する局面 | 注意点 |
---|---|---|---|
リンシード | 強靭・やや黄変・乾燥やや速い | 中〜終盤 | 白場の黄変に注意 |
スタンドオイル | 平滑・艶・糸引き | 仕上げのグラデ | 乾燥遅い |
ポピー/サフラワー | 黄変少・乾燥遅い | 明色の透明感 | 乾燥待ち必須 |
テレピン/無臭溶剤 | 希釈・脱脂 | 下描き・薄塗り | 換気・保管厳守 |
筆・ペインティングナイフの使い分け
豚毛はコシが強く厚塗りやエッジに、化繊はブレンドやグレーズに有利。ナイフは混色の清潔を保ち、盛り上げやスクラッチに活躍します。最低限は「平筆8号/12号・丸筆4号・ナイフ1本」。
- 丸筆
- 細部・点・線。にじませず「置く」動作向き。
- 平筆
- 面を一気に捉える。角でシャープなエッジも。
- フィルバート
- 丸みのある面取り。人物の肉感に最適。
支持体(キャンバス・オイルペーパー・木製パネル)
キャンバスは筆致が乗りやすく大画面向き。オイルペーパーは下地済みで手軽、練習や小作品に最適。木製パネルは平滑でディテール表現に強い反面、下地設計がシビアです。
迷ったら:F6オイルペーパー×基本12色×平筆2+丸筆1+ナイフ。小さく速く回す。
初心者向けスターターセット例
- 絵具12色+白大容量(100〜200ml)
- 平筆(8・12)/丸筆(4)/ナイフ(菱形)
- 無臭溶剤+リンシード小瓶+メディウムカップ
- オイルペーパーF6×3、ウエス、紙パレット、マスキングテープ
買い足す順番(必要になったら)
コバルト系の青→サップグリーン→フィルバート筆→スタンドオイル→木製パネル。
キャンバス準備と下地作り(支持体・下描き)
描き出す前の「下地設計」が、発色・乾燥・筆触の乗り方を支配します。吸い込み過多はマットで痩せ、油分過多はベタつきやシワの原因。題材とゴール(艶・マット・筆致強調)を言語化してから、目止め・下地色・研磨の強さを決めましょう。
目止めとジェッソの塗り方
麻キャンバスは膠またはアクリルジェッソで目止めし、繊維への油の侵入を防ぎます。ローラーや幅広筆で縦横交差しつつ2〜3回、乾燥後に耐水ペーパーで軽く研磨して筆の滑走性を整えます。
工程 | 目的 | 乾燥目安 | チェック |
---|---|---|---|
目止め1回目 | 吸い込み防止 | 30〜60分 | 毛羽立ち減少 |
目止め2回目 | 平滑化 | 60分 | ピンホール減少 |
研磨 | 滑走性向上 | 乾燥後 | 粉を拭き取る |
構図の取り方と下描き手順
炭・鉛筆・薄い絵具で、まずは面で捉えて大きな比率を決めます。主光源の方向と焦点(見せ場)を先に確定し、暗中間明の3値でまとめると、以後の色決定が簡潔になります。転写や方眼を使う場合も、エッジの硬軟と余白のリズム(狭・広)を最初に意識しましょう。
- 焦点は三分割の交点に置くと安定
- 重要な垂直・水平はわずかに揺らすと生気が出る
- 背景の大勢は先に決め、主形より柔らかめに
下地色(インプリマトゥーラ)の活用
バーントシェンナ+ウルトラマリンなどで作った中間色を溶剤で薄くのばし、全面を染めます。白地の眩しさを抑え、色判断が安定。静物は暖色寄り、風景はやや冷色寄り、人物は肌の補色寄りが汎用的です。
下地は「光の色」を意識して選ぶ。暖色の照明下では冷色寄りの下地が効果的。
下描きの時短テク
スマホのグレースケール撮影で3値を確認。遠目2mで崩れなければOK。
基本技法の基礎(薄塗り・厚塗り・重ね塗り)
油絵の美点は「層で育てる」ことにあります。序盤は吸わせて決め、中盤は形と光の交通整理、終盤は質感と焦点の微差を積む。fat over lean—後層ほど油分を増やす—を守れば、ひび割れを避けつつ深みが出ます。
層構成と油分コントロール(Fat over Lean)
第1層は溶剤7:油3でさらっと吸わせ、乾燥を早めます。第2層で50:50にして形を確定。最終層は溶剤3:油7で密度と艶を与えます。進行の合図は「爪で軽く触れ跡がつかない」。待てない時の上掛けはシワの原因です。
層 | 配合目安 | 狙い | 典型的な失敗 |
---|---|---|---|
第1層 | Solvent 70 / Oil 30 | 吸収層・大きな値 | 油多すぎ→ベタつき |
第2層 | 50 / 50 | 形・面の確定 | 盛りすぎ→乾燥遅延 |
最終層 | 30 / 70 | 艶・質感・焦点 | 溶剤過多→痩せ |
ブレンディングとぼかしのコツ
濁りは「混ぜ過ぎ」から生まれます。明部用と暗部用に筆を分け、境界だけを乾いた清潔な筆で一方向に撫でる。丸筆で円を描かず、平筆で平行に。必要な硬いエッジは残し、全部を溶かさないのがコツです。
- 筆先は数筆ごとに拭く(拭かない=濁りの元)
- 境界は「消す」ではなく「選ぶ」:視線導線を意識
- ハイライトの白は最後。下に透明色で色温度を仕込む
グレーズとスカンブリングの使い分け
グレーズは透明色を薄い油で延ばして上からベールのように重ね、色深度と艶を獲得します。スカンブリングは乾いた明色を粗く擦り、下層を透かせて粉っぽい空気を出します。ガラス・金属・霧・肌など、多くの質感はこの二技法の配分で表せます。
透明色(アリザリン・ビリジアン)はグレーズ向け。白入りの不透明色はスカンブリング向け。
筆圧の目安
ブレンディング:筆圧1〜2/10、スカンブリング:3〜4/10、ナイフ:5〜6/10。
油絵の描き方 手順(スケッチから仕上げまで)
一枚を最短で完成に導く標準手順を提示します。ブロッキングイン→中間層→仕上げ層の三段で考えると迷いが減り、各段に明確なゴールを設定できます。時間配分もセットで示すので、そのまま実践できます。
ブロッキングイン(30〜60分)で大きく決める
暗・中間・明の3値で面を塗り分けます。色は仮で構いません。筆は大きめを使い、背景から主形へ。暗部は一段深めに置き、後で持ち上げる余地を残します。
- 背景を先に柔らかく処理→主形のエッジが立つ
- 重要比率(高さ/幅・角度)は3回測る
- 画面を一度で覆い、白地を残さない
中間層(2〜4時間)で形・光・エッジを整える
焦点は最大コントラスト+硬いエッジ、二次要素は中コントラスト+柔らかいエッジ、背景は低コントラスト+消失。反射光と半影を入れると立体が起き上がります。必要に応じてグレーズで沈みを戻し、色温度の差を活かします。
要素 | 操作 | 狙い |
---|---|---|
焦点 | 最大コントラスト・最小筆致 | 視線を止める |
二次要素 | 中コントラスト・柔らかいエッジ | 視線を流す |
背景 | 低コントラスト・消失エッジ | 奥行きを作る |
仕上げ層(30〜90分)で質感と差を作る
金属やガラスの光沢は小さな白ハイライト一点、布はスカンブリングで織りの粒を示し、肌は薄いグレーズで血色を通します。全体を遠目2mで確認し、まとまりがあればサイン。必要なら部分的に艶を調整します。
完成判断:「遠目で一つ、近くで面白い」。両方満たせば筆を置く。
7日間の練習プラン
Day1道具と下地/Day2ブロッキングイン/Day3中間層前半/Day4中間層後半/Day5仕上げ層/Day6乾燥とニスの学習/Day7小品もう一枚。
色作りとパレット運用(混色・トーン・光)
混色の上達は「配列の固定」と「中間グレイの常備」で決まります。パレット上の動線が最短なら、濁りの元である不要な交差が激減します。光の色温度と反射光を意識すれば、同じ絵具でも空気が変わります。
基本色と補色の関係を使いこなす
補色を混ぜると彩度が落ちます。明度を上げたい時に白を早く入れると粉っぽくなるため、まずは同系色で明度差を作り、最後に白で調整するのがコツです。影色は「固有色+補色少量+中間グレイ」で自然にまとまります。
- 屋外の影は空の青、室内の影は壁色に引っ張られる
- ハイライトは白だけでなく光色を必ず混ぜる
- 肌:アリザリン+オーカー+緑少量で中庸に
中間色・グレイのレシピと使い道
ウルトラマリン+バーントアンバーでニュートラルグレイ。そこに白で階調を3段(暗・中・明)常備。これが橋渡しとなり、色相を跨ぐ混色でも濁りません。
レシピ | 用途 | 備考 |
---|---|---|
UM + BA | ニュートラルグレイ | 青寄り/茶寄りに振れる |
Viridian + Alizarin | 透明な深緑 | グレーズ向け |
Ocher + UM | 遠景の空気色 | 風景の空気遠近 |
濁りを防ぐパレット運用
左から「明るい暖色→暗い暖色→暗い寒色→明るい寒色→白」と固定。混ぜる筆は清潔に、10分ごとにパレットを軽くスクレイプ。色相を跨ぐときは必ず中間グレイを挟みます。
白は最後。明度は同系色で先に作り、白は仕上げの微調整。
よくある混色の行き詰まりと解決
彩度が死ぬ→補色を入れすぎ。中間グレイで希釈/隣接色で調整。粉っぽい→白の入れ過ぎ。光色を混ぜる。
乾燥・ニス・保管と片付けの安全
描き終えた後の管理が作品寿命を左右します。層ごとの乾燥判断、中間ニスでの調子揃え、完全乾燥後の仕上げニス。そして溶剤の扱い・換気・廃棄ルール。ここを手順化しておけば、安心して次の制作に移れます。
層ごとの乾燥目安と進行サイン
「指先でそっと触れて跡がつかない」が進行のサイン。待てない時の上掛けはシワやひびの原因です。季節により乾燥時間は変動します。
条件 | 室温/湿度 | 薄塗り乾燥 | 厚塗り乾燥 |
---|---|---|---|
春秋 | 20℃/50% | 24〜48時間 | 3〜7日 |
夏 | 28℃/60% | 18〜36時間 | 2〜5日 |
冬 | 15℃/40% | 36〜72時間 | 5〜10日 |
中間ニスと仕上げニスの使い分け
中間ニスはドライダウン(沈み)を一時的に戻し、色と艶を均一化します。完全乾燥後の仕上げニスは保護膜として艶・耐汚染性を付与。画面の性格に合わせてマット〜グロスを選択します。
- スプレーは30cm離して薄く複数回
- 滴りはすぐ触らず、乾燥後に整える
- 焦点部はややグロス寄りが映える場合が多い
溶剤の取り扱い・換気・廃棄
無臭=無害ではありません。密閉容器で保管し、ウエスは自然発火対策として金属缶へ。自治体ルールで処分します。換気は対角線上に風を作り、作業後15分は継続。
片付けルーチン:パレットをナイフでスクレイプ→残色の絞り出し→筆を溶剤で洗浄→石鹸で洗う→乾燥。
作品の保管と輸送
乾燥中は埃避けに箱型カバー。輸送は表面同士を合わせず、スペーサーを挟む。
まとめ
油絵は「段取り・観察・油分管理」の三位一体です。本稿の手順は、①最小装備で始める→②支持体と下地で“塗りやすさ”を設計→③ブロッキングインで大きな値を決める→④中間層で形・エッジ・視線導線を整える→⑤仕上げ層で質感と焦点を決定→⑥乾燥・ニス・保管で作品寿命を伸ばす、という流れでした。
キーワードの「油絵 描き方」を実体化する要は、明暗を先に決める・白は最後に使う・後層ほど油分を増やすという3原則の徹底です。混色は補色で彩度を落とし、中間グレイを常備して橋渡しすれば濁りを制御できます。乾燥は気温湿度に応じて待ち、ドライダウンは中間ニスで均し、完全乾燥後に仕上げニスで保護。
安全面では換気・容器密閉・ウエスの自然発火対策をルール化します。最後に、小さく速く回す練習が上達の最短路です。F6程度のサイズを2〜3枚連続で仕上げ、都度チェックリストで課題を言語化し、次回に一つだけ改善する。これを繰り返せば、道具の扱いも色の判断も確実に洗練され、あなたの表現は着実に前進します。
- 最小装備+段階設計=失敗の激減と再現性の向上
- 値→色→質感の順で決めると迷わない(白は最後)
- 中間グレイ常備とエッジ選別で空気感が生まれる
- 乾燥を待つ勇気・安全を守る習慣が作品を守る