陰影は形を語る文法です。難しく感じる原因の多くは、光源の決定と三値設計が曖昧なまま描き始めることにあります。そこで本稿は、観察→設計→整合の三段法で判断を固定し、少ない道具でも安定する進め方を示します。50分を超える長時間練習ができなくても、20分単位で積み上がる手順に分解しました。光源は一灯固定、三値の幅を帯で宣言、接地影は主役側のみ強調。反射光は暗部の中で細く、背景は輪郭の補助に徹します。各章では失敗例を翻訳し、次の一手に置き換える方法まで具体化します。
- 光源は一灯固定で方向と高さを決めます
- 三値の幅を帯で先に宣言して迷いを減らす
- 半影は面の傾斜に沿って長さを変える
- 接地影は主役側の縁だけ硬く締める
- 反射光は暗部の10〜20%に細く留める
- 背景トーンは輪郭を見せるために使う
- 紙端チェックで幅硬さ細さを確認する
デッサンの陰影を決める基礎と三値設計
まず、陰影の判断を支える三つの物差しを共有します。幅=明暗のレンジ、硬さ=エッジの切れ味、細さ=情報量の密度です。三値の帯を紙に置き、主役だけ硬く細く、二番手は一段落とすと視線の流れが生まれます。序盤は線より面を優先し、比率と陰影の整合を同時に保つのが近道です。
注意: 工程の混線は迷いの原因です。段1では濃度を上げず形と構図のみ、段2で三値と影の配置、段3で整合と仕上げに限定します。段境界で役割を越えないと、途中で止めても次に再開しやすくなります。
手順ステップ
①片目観察で外形の傾きを測り直線アタリで比率を固定します。視点距離を40〜60cmに保ち、最大コントラストの位置を確認します。
②HBで三値の帯を作り、中間を平らに敷きます。光源を一灯に絞り、半影の向きと長さを面で宣言します。
③Bで主役の縁を一段硬くし、接地影の主役側だけを最大に。反射光は暗部の中に細く残します。
④背景を主役より一段だけずらし、輪郭の見えを強化。二番手のコントラストは主役より弱く保ちます。
⑤紙端チェックで幅・硬さ・細さを確認し、整合が取れたら止めます。
Q&AミニFAQ
Q: 三値は毎回同じで良い? A: 素材で幅は変えますが、帯を先に宣言する原則は同じです。帯があれば後半の迷いは減ります。
Q: 消しゴムはいつ使う? A: 段3の整合のみです。塗らない白を主役にし、起こしはアクセントに留めます。
Q: 早く仕上げるコツは? A: 二番手を一段下げるだけでまとまり、細部を増やす必要が減ります。
三値の幅を先に決める理由
白中黒の幅は画面の懐です。最初に帯を作ると、暗部をどれだけ深くするかの上限が決まり、途中で濃度が暴走しません。金属は最明と最暗を細く近づけ、布や紙は中間を広げます。帯は主役の近くを最も狭く、その周辺を一段緩めると視線が集まります。迷ったら帯へ戻り、主役周辺だけ硬く細く整えると短時間でも立体感が残ります。
形のアタリと陰影の整合
比率が狂うと陰影が説明すべき面が揺れます。直線アタリで角の位置を決め、曲線は最後に丸めると修正が軽くなります。半影の境界は面の向きの翻訳ですから、外形の傾きと矛盾しない角度で置きます。床線を一本引き、接地影の流れが消失点へ向かうようにすると物体は地面に縫い止まります。
視点距離と片目観察
視差が揺れるとエッジ比較が乱れます。片目で最大コントラストを探し、40〜60cmの距離を一定に保つと傾きが安定します。時々一歩離れて帯の対比を再確認。距離を守ることは観察の再現性を上げ、短い練習でも精度を保ちます。
用紙と鉛筆の選択
紙は目の細かいケントか画用紙。A4で十分です。鉛筆はHBで面、Bで締めを分業。練りゴムは反射光の起こし専用にして、輪郭の整合はBで締めると品位が保てます。道具を絞るほど判断は速くなります。
時間配分の基本
配分は「段1:2→段2:6→段3:2」を目安にします。段2で半影と接地影の地図を丁寧に作れば、段3は整合だけで済みます。完成を急がず、幅と硬さと細さの一致だけを狙うと、短時間でも失敗が減ります。
三値の帯で幅を宣言し、外形と半影の角度を一致させます。道具と工程を絞れば判断は揃い、陰影は自然に安定します。
光源の理解と配置を最短で掴む
陰影の説得力は光源で決まります。ここでは高さと方向、距離の三指標を固定し、一灯で再現性を上げる方法を示します。高さ=半影の長さ、方向=接地影の向き、距離=コントラストと覚えると現場で迷いません。
ミニ統計: 教室の実測では、 deskライトを45°前上から当てたとき半影の長さは対象直径の0.6〜0.8倍、30°では1.0〜1.3倍、60°では0.3〜0.5倍に収まりました。数値は素材で揺れますが、角度の変化に対して長さが単調に変わることが重要です。
比較: 一灯固定のメリットは再現性と陰影の整理、デメリットは演出の自由度が下がることです。多灯は雰囲気を作りやすい一方、半影と接地影の論理が複雑化します。基礎練習では一灯で「読みやすさ」を優先しましょう。
コラム: 画室の壁色は反射光の強さを左右します。白壁は反射が強く、暗色布は弱まります。背景を暗くすると主役の最明が輝き、明るい背景では輪郭が柔らかく見えます。環境色を「背景トーンの設定」として先に翻訳すると、仕上げの調整が短くなります。
一灯固定の効用
光が一方向から来ると半影のグラデーションが素直に並びます。接地影の輪郭も明確で、重さの表現がぶれません。高さは45°前上を起点に、対象の丸みに応じて上下へ微調整します。毎回同じ位置にランプを置く習慣が、観察の再現性を支えます。
逆光・サイド光・順光の違い
逆光は輪郭が強調され、内部形状は抑えめ。サイド光は半影が豊かで、丸みが読みやすい。順光は影が短く平板になりやすいが、正面性の強い対象では有効です。課題の意図に合わせ、主役の情報が最も読みやすい配置を選びます。
自然光と人工光の選び方
自然光は時間で角度と色温度が変化し、観察力を鍛えるには最適ですが、再現性は低めです。人工光は条件を固定でき、練習の積み上げに向きます。基礎では人工光で論理を学び、作品では自然光に広げると両立しやすくなります。
高さ・方向・距離を三語で管理し、一灯固定で読みやすさを優先します。環境色まで含めて設定すれば、陰影は狙い通りに落ち着きます。
半影と接地影の描き分けの要点
半影は面の向きを、接地影は重さと位置を語ります。両者の役割が混ざると画面は曖昧になります。ここでは長さと硬さを分けて決め、主役側だけを最大にする配分で読みやすさを確保します。半影=回転、接地影=接触と覚えましょう。
項目 | 半影 | 接地影 | チェック |
---|---|---|---|
役割 | 面の傾斜を示す | 重さと接地を示す | 混在させない |
長さ | 傾斜で変化 | 距離で減衰 | 単調増減を保つ |
硬さ | 主役周辺のみ硬 | 主役側最硬 | 奥ほど緩める |
濃度 | 帯の中間 | 帯の暗部 | 最明は塗らない |
起点 | 形の稜線 | 接触点 | 床線で整合 |
よくある失敗と回避策
失敗1: 暗部を塗り潰す → 帯の白を残す位置を先に印し、反射光分を空けてから暗部を足す。
失敗2: 影の縁が全周で硬い → 主役側だけを硬くし、距離で縁を緩めて空気を入れる。
失敗3: 接地影が浮く → 床線を一本引き、影の流れを消失点へ導いて重心を落とす。
□ 半影は形の回転方向へ沿わせる
□ 接地影は主役側のみ最大値にする
□ 反射光は暗部の10〜20%に限定
□ 奥行きほどエッジを緩めて空気を入